職業選択の自由

職業を選択するまでの過程。

小ネタ: Rubyで最少文字数で nil になるには?

会社の福利厚生でMatzのレクチャーを直接受ける機会が毎月1回ある。Rubyエンジニアとしてはとても貴重な機会だ。その中でトリビアとしてこういう問題を扱ったことがあった。

Rubyで最少文字数で nil を生成するにはどう書けばいいか?

もちろん以下のコードを評価すれば nil になる。

nil

だがこれには3文字必要だ。俺は2文字で nil になる記述を知っていた。

()

だがまだ少なくできるという…!正解はこちら。

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串カツと吉本と #ぶいちゅーん -がんばれミナミ!大阪遠征記-

いつの間にか長距離の移動が避けられる時代になってしまった。別に法律で決まっている訳ではないが心理的に行きづらいというものだ。元々旅行好きだった俺は何かきっかけが欲しかったのかもしれない。大阪でイベントがあるっていうから軽い気持ちでリアクションしたんだ。

はい、遠征歓迎とのことでバッチリ誘われました。行きましたよ!大阪!千葉から!

そして久々に「遠征ってめっちゃいい」と思い出せたので書いていく。もっと気軽に遠征できる世の中を願って。

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ゼロから始めるパン作り入門

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こんな世の中である。(あらゆる場面に使える最強の導入)

自分も例に漏れず在宅の時間が増えたので、趣味と実益を兼ねてパン作りを始めたらこれがなかなか楽しい。写真をTwitterに上げたりしているがこれもまたいい感じの反応が来る。今回いろんなレシピサイトを参考にしつつアレンジした、自分が実践しているパンのレシピを紹介してみる。結構簡単なものよパン作るの

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広く蔓延しているウイルスほど実は怖くない、という話

確か本で読んだはずだが、昔の話なのでどの本だったか全く覚えていないので、似たような話を知っている人は教えて欲しい。

全ての生物と同じく、ウイルスの目的は生存することと自身のコピーをなるべく多く作成すること。しかし「ウイルス」と分類される生物群は単独で生存することができず、他の生命体を「宿主」として「感染」するという手段を選んだ。なので、感染した宿主を高い割合で殺してしまうエイズやエボラは、実はウイルスとしてはあまり賢くない。宿主を生かしつつ自身のコピーを最大限に広めるため、あまり宿主の行動を制限しないで感染するウイルスが本当に繁栄、宿主にとっては「蔓延」するのだと。

どうも最近の新型ウイルスの話題を聞くたび、自分の考えと世間の反応に大きなギャップがあるような気がしているのは、この認識の差にあるような気がしてならない。これだけ蔓延したウイルスが、触れると即死亡するような猛毒であるはずがない。人間はもともと数多くのウイルスと共存している。自身の健康を崩さないための対策を最大限取りつつ、過剰な行動制限は解いていくのが賢い人間のやり方だ。

パレプロを語りたい。 #パレットカンパニー仮

3月21日、Palette Project・GEMS COMPANY・まりなす(仮)・日本烈島のVTuberユニットによるコラボ企画配信を行うことが発表された。スケジュールは10時間に及ぶ大型企画だ。楽しみにしているVTuberファンの方も多いことだろう。

さて、コメントを読むと「パレプロについて教えてください!」という人がやや多かった印象だ。確かに普段の推し以外の情報は入ってきにくい上に、パレプロについてはメンバーや名称の変遷を経験している激動の経緯がある。ここでVTuberユニット「Palette Project」について拙いながら解説してみようと思う。

  • 現在のメンバー
  • Alt!! 時代
    • クララ・ロナ時代
  • Palette Project 発足
  • V-RIZIN, そして新メンバー
  • 三期生の加入とこれから
  • まとめ
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近況報告

  • 生きてます
  • あの記事書いた翌日退院しました。合計4泊5日
  • その後は大きく体調崩すこともなく…と言いたいところだが1月末にインフルエンザを発症。しかしこれぐらい
  • 5月に引っ越しました。隣駅ぐらいの近距離転居(だってレ●パレス嫌だったんだもん)
  • 会社はそのままです
  • Ruby書いている仕事もそのままです。ただ最近コーディング以外の仕事が増え気味
  • 10月からOculus Questを導入、BeatSaberとVRChatにドはまり
  • 相変わらずVTuber推し。増えたねー

更新再開しようにもあの記事だったから間に「生きてます」記事挟みたかった。これから更新がんばります

新春闘病記 前編(仮)

2019年1月1日。めでたく年が明けたこの日に、俺は病院に行く決断をした。新年最初の出掛け先が病院とは、なかなかツイテナイ1年である。そう、この時は「ツイテナイ」で済むと思っていた。

予兆

遡ること1ヶ月、この時期俺はなかなか完治しない風邪に悩んでいた。次第に会社も休みがちになり、12月中頃に2週連続で木曜日に会社を休むということもあった(有給残っててよかった)。休むほどまで行かなくても喉の痛みが消えなかったり、気温以上に寒気を感じたりもした。それにしても、今まで風邪をひくことは時々あったがここまで長引くのは初めてだったので、もっと根本的に不調をきたしていないかと不安ではあった。しかし、病院でアドバイスを聞いても「免疫をつける」「睡眠をよく取る」など無難なことばかりだったので、まあしばらくすれば良くなるかとこちらも考え、処方された消炎鎮痛剤でやり過ごしていた。

異変

2018年12月29日土曜日、前日にこの年の仕事納めだった俺は、実家(電車で2時間弱)の親の協力もあり自宅の掃除をしていた。掃除が一段落したら食事の後電車で親共々実家に移動し、年末一緒に過ごすつもりだった。夕食を終えたのは19時頃、今思うとこれが最後のまともな時間であった。

実家へ向かう電車の車中、必要以上の疲労感を覚えた。立っているだけでもしんどかったが、どうにか実家までたどり着く。しかしこれが最後であった。21時頃実家にたどり着いたが、倦怠感が全身を襲い寝込むと起き上がれない。風呂に入るどころか2階の寝室まで行く気力もすぐには出てこなかった。さっき飲んだビールのせいか?いつもはこの程度でこんなに具合悪くならないのだが…

そして猛烈に喉が痛い。飯どころか水ですら飲み込むと痛い。高級そうな日本酒の瓶が目に入ったがだるさと合わさって飲む気になれなかった。この日は痛みを我慢して消炎鎮痛剤を飲み込み、風呂は入らず布団で寝込んで症状が治まるのを待つことにした。

悪化する症状

翌朝…というか、時間の感覚がなくなりつつあった。眠りに落ちる感じはするが、喉の痛みで目が覚める。そして時計を見ると1〜2時間しか経っていない。これを一晩中繰り返した。また寝ようとしても喉が痛くて眠れないし、唾液を飲み込むことすら痛いので口の中が唾液まみれで気持ち悪い。それに喉が異常に腫れて痰も絡み、体勢によっては呼吸すら苦しい。何か別のことをしようにも睡眠不足には違いないないので頭がぼーっとする(実はこの時、発熱の症状もあった)。

消炎鎮痛剤はやや効いたので、ゼリーやヨーグルトなど流動食を押し込んで(これすら痛い)空腹を埋めつつ、薬を飲み込んでは痛みを我慢して横になる時間が続いた。唾液が飲み込めないのでティッシュを口に挟んでそこに吸わせるスタイルで乗り切った。唯一の救いは実家の風呂に入ったことで、血行やら湿度やらの関係で一時的に楽になれた。この日はベッドからほとんど出ず丸1日を過ごす。この日実家には家族の他に親戚一家が集まっており、年末パーティのため豪華な食事や酒が振る舞われたが見ないことにした。

3日目の朝、喉の痛みは変わらないか僅かにマシになったか…と思いきや新たな異変が発覚する。歯茎が腫れたのか上顎と下顎が噛み合わず、常に下顎が前にずれた形になる。しかも顎が通常の半分も開かない。開こうと思えば開けるが、右の顎関節がかなり痛い。なんか右耳の奥も痛い気がする。ただそこさえ我慢すれば全体の具合は前日より酷くはなっていないので、ここで実家から離れ自宅に戻ることにした。この日は12月31日。予約していた年越しライブイベントがあったのだ。

アドレナリンとカフェイン

自宅への移動中、時間が経つにつれて症状もマシになってきたので、空腹もあり思い切って軽食を取ることにした。喉と消化に抵抗の少なそうなうどん。飲み込む時の痛さは相変わらずだが他の物でも変わらない。並盛りを完食し、久々の塩味(前日は甘い味付けの流動食しか食べていない)に癒された。喉さえ通り抜ければ胃腸は健康なのだ。自宅で少し休憩した後イベント会場(映画館であった。屋内で座席がある場所だったのは助かった)へ。念の為レッドブルで気合い入れておく。体調不良を押して参加したライブは大変満足であった。声が出なかったり帰宅がしんどかったりしたが、外出先では大きなトラブルもなく自宅に戻ることができた。これがライブの力…!

家に帰ってからもゆっくり風呂に入ったりの余裕はあった。加湿器も導入したことだし睡眠さえ取れば少しずつマシになるか?と一瞬考えがよぎったが、どちらにせよ一晩で治るはずがないと思い直し翌日病院に行くことを決めて寝床に着いた。事前に市営の「急病診療所」が年中無休で営業していることを調べておけたのは心強かった。

冒頭のシーン

やはりよく眠れない。前日は色々あって寝床に着いたのは午前3時ぐらいだったが、目が覚めるとまだ朝の6時であった。3時間しか眠れていない。もちろん眠い。しかし横になると余計喉が痛い気がして眠る気にもなれない。仕方ないのでスマホで適当に時間を潰す。急病診療所の開業は午前10時。移動時間考えても時間がありすぎる。そんなことを考えていたら1時間ぐらい経過していた。

ここで深刻な事態が起きる。突然物凄い勢いで咳き込み、口から唾液に混じって血が出てきた。起きてから水を全く飲まなかったのがまずかったか。とにかく物理的に傷がついたとなると危険しか感じない。痛みを我慢して喉を濡らし、最低限家の片付けをして着替え、外出。途中コンビニで多めに現金を下ろし、急病診療所には9:50分ぐらいには到着。それにしてもツイテナイ正月だ…

転送

急病診療所は応急処置と適切な医療機関への転送を目的とする。簡単な症状であれば処置や薬の処方を行うが、施設内で手に負えない症状の場合でも設備の整った大病院への紹介状を作成してくれる(逆にこういう大病院は紹介状が必須である)。このため様々な症状に年中無休で対処できるというシステムだ。

受け付けは少し早めに開始していたようで、俺が到着した頃には既に結構な人数の患者さんが診察を待っていた。ていうかお前ら正月だぞ、人の事言えんけどそんな体調崩してばっかでいいのか。それはともかく、自分も受け付けを済ませ、多少待ってから医師の診察を受ける。

「うわー腫れてるな…これ 転送 だね」

覚悟はしていたが本当に来た。そりゃそうだ、この時点で喉が腫れていたまともに声が出せないレベルになっていた。会計を済ませ紹介状をもらい、隣町にある大病院へタクシーで移動するよう指示される。正月のタクシーって出はらいまくりなのね。6社ぐらいかけてやっと手配できた。こちとら声出すのもきついんやぞ。

人生初・入院

病院に到着後、いよいよ倦怠感が限界になってきた体に鞭打って受付書類を作成、処置室へ。今までは内科で受けていたがここからは耳鼻咽喉科の先生にお世話になる。口の中を今度は鼻カメラで診察し(麻酔のおかげで痛くはないがかなり苦しい)、治療法について先生が一言。

「(俺)さんね、 すぐ入院してもらう から。明日でも診察できるから、今は全部の処置はやらない」

決定した。まあ飲食がまともにできない時点で覚悟はしていた。しかしいざ言われると整理がつかない。病院に寝泊まり?全然準備してないけど?毎日何するの?こんな痛い診察毎日続けるの?そうこうしているうちに次の処置が始まった。

「膿が溜まっているので出します。まず出るかどうか調べる」

喉に麻酔をした上、長い注射針を腫れた喉に刺す。先生が注射器を引くと中にどす黒い血が吸われていく。ああ、俺の体の中ってこうなってるんだ。これ抜いていい血なのか。そして2回目。もう一度注射針が喉に刺さる。麻酔はかかっていたはずだが今度は猛烈な痛みを感じ声を上げた。処置は中断。次に襲ったのは急激な吐き気と脂汗、不安とストレス。この歳になってまだ未知のストレスがあったか。

この後、患部にメスを入れて膿を取り出す処置の予定だったが、患者(俺)の状態を優先し延期。ここから入院のための準備に入る。

  • 採血 (腕から。先述の処置とはまた別に注射針が入る)
  • レントゲン (異常なし)
  • 心電図 (異常なし)
  • 検温 (39度を超えていた。この病気にかかってから常にかなり高い)
  • 血圧 (160を超えていた。人生最高値)
  • 点滴の装着 (腕から。また体に穴が開く)

看護師の方に案内され病床へ。丁寧な説明を受け、家族の連絡先など必要書類への記入を済ませたところで入院手続きは完了。医師は1週間程度と言っていたので、ここがしばらく俺の城になる。入院ってこんな簡単に決まってその日のうちにできるもんなんだな…と少し落ち着くと、看護師の方が渡した書類の中に「入院治療計画書」が見えた。

扁桃周囲膿瘍

「病名」欄に書いてあったこの名前こそ、今回俺がかかった病気の名前である。喉の入口の両側に1個ずつあり免疫機能を果たすリンパ組織「扁桃腺」。ここが細菌やウイルスに感染し炎症を起こし、周辺組織まで膿が広がってしまう 重症感染症 である。主な症状として

  • 感冒症状 (いわゆる風邪)
  • 扁桃炎症状
  • 高熱
  • 著しい咽頭痛 (喉の痛み)
  • 嚥下時痛 (飲み込む時の痛み)
  • 開口障害

(参考: 扁桃周囲炎、膿瘍|耳鼻咽喉・頭頸科|順天堂医院)

…ああ、確かにこの通りだったわ…そしてこの症状のためまともに飲食ができず、多くの場合脱水症状や全身状態の悪化を引き起こす。さらに悪化すると脳組織への腫瘍や敗血症にまで発展するリスクもあり最悪死に至る。繰り返すが非常に危険な感染症である。

その他の特徴としては、症状が見られるのは喉のどちらか一方のみらしい。そういえば自分の場合も腫れたのは右側だけで、顎を無理やり開けた時の痛みや耳の痛みが右だけだった。そして年齢でいうと乳幼児や逆に高齢者には比較的少なく、20〜30代の青壮年期がピーク。また性別差もあり男性に若干多いそうだ。…って俺ドンピシャじゃねえか!(29歳男性) 原因となる菌やウイルスはそんなに特殊なものではなく、免疫力の低下などによって誰でもかかりうる感染症である。また再発も比較的多く、あまりに再発するようだと扁桃腺ごと切除する手術が適用される場合もある。自分の場合こうはなりたくないが…今後も気を付けよう。

治療としては、疾患の重篤さから内服治療による改善は期待できず、また経口摂取がそもそも困難なので 入院・点滴 による抗生物質投与と栄養補給が基本となる。さらに化膿部は切開などによる膿の除去などの外科的処置も併用される。

そして入院へ

病床で点滴と酸素センサーを繋がれた。この病気、喉が腫れるので窒息のリスクが高く、そのため酸素不足を検知する必要がある。点滴を繋がれて病床に寝ていると本当に病人という感じがして気分が落ち込んだ。ドラマとか映画でしか見たことのなかった病床の光景が今目の前にある。

夜も暗くなった頃、連絡しておいた親が遠路はるばる荷物を持ってお見舞いに来てくれた。着替え、洗面用品、そしてMacに充電器…幸い電波(モバイルルーター)はかなり状態が良かったので頑張れば退屈しなさそうだ。科目にもよるだろうが、最近の病院は院内でインターネットを使っても何も問題がない。簡単な世話話のあと、自分の病床に戻る。これで今日は終わりだ。

食事もないので(繰り返すが喉が痛む)、まだ夕方5時ぐらいであったが今日は本当にあとは寝るだけ。しかし点滴していると何も食べていないのに確かに空腹も喉の渇きも進行しないので不思議なものだ。少し抗生物質も効いてきたのか痛みも落ちついたのでどうにか眠れそうだ。

ここから俺の人生初の入院生活が始まる。後編へ続く。かもしれない。