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職業選択の自由

職業を選択するまでの過程。

大江戸Ruby会議06に行ってきました

先週末、3月18日〜20日は春分の日を含む3連休であった。天候にも恵まれたため外出したという方も多かったことだろう。自分はというと、月曜祝日に 大江戸Ruby会議06 に参加した。Rubyエンジニアとして非常に知見を深めることができたので、ここで感想など書いていく。(最初の「Ninja talks」は諸事情により参加しませんでした…) 内容自体は多分スライドが上がると思うのであまり深くまでは踏み込まない。

各セッションの感想

招待公演: Ruby考古学 (石塚圭樹氏)

Matz氏と並びRubyごく初期の開発メンバーである石塚氏が、当時のメールやコミットログからRubyの成長過程を紹介した。これ多分 他では絶対聞けない 。今回紹介されたログで一番古いものは1992年まで遡る。さらに “Ruby” 以外の名前の候補 “Oyster”, “Coral” なども紹介された (海を連想するのはPerl「真珠」を意識?) 。 めっちゃ貴重 。ここまで遡ると「新しい言語を作る」という意気込みが一番強く感じられ、どういうことかというと他の言語を 名指しで批判 していた(PerlC++など)。普段当たり前に使っているプログラミング言語も、感情を持った人間が開発したものだと当然のことを改めて認識できた。

また、開発にかかった時間が実感できたのも大きい。Rubyの誕生日はその名前が決まった1993年2月23日とされている。この後順次機能が実装されていくが、その日付も紹介されていた。メソッド呼び出しのカッコを省略できるようになったのは1994/10/13, ブロック呼び出し構文として do ... end が実装されたのは1996年、といった具合だ。正直、今までRubyはMatzという1人の天才から羽ばたくように生まれてきたイメージを持っていたが、実際は全くそんなことはなくて、多くの人が何年も地道な改善を続けてきた結果だと考えを正すことができた。世の中そんな順調なシステムなどない。

ちなみに以下のツイートが若干バズった。というかMatz氏本人にRTされた。

フルタイムコミッター対戦

企業に所属しながら勤務としてRuby言語自体の開発に携わる「フルタイムコミッター」。今回は4名を招待して対戦する企画である。えっ、 「対戦」? …と思っていたら、始まったのはまさかの クイズ大会 である。この4名にはあらかじめ企画の趣旨を伝えてあり、Rubyのコミットに関するクイズを数問用意してあった。当日は1人が出題して他の3人が回答し、正解数の多い人が優勝。 マニアック すぎて面白かったので抜粋して紹介する。ちなみにこのセッションだけスライドが存在しないので記録を多くした。

Q1 RubyではGCの設定を環境変数として渡すことができる。この変数の種類はいくつか。

いきなりレベル高いよ!! そもそもGCの設定を環境変数として渡す機能自体初めて知った(こうするらしい。これが全てではない)。正解は 14種類 とのこと。

Q2 Ruby Issue Tracking Systemに登録されているissueは現在13000を超えているが、記念すべきfeature 10000は?

正解はこれ (ブログなので検索もできるしWebサイトへのリンクそのものを貼れるのは便利なところ) 。内容は浮動小数点数の精度をhashで渡そうというもの。これで 正解者がいる んだから恐ろしい。

Q3 Ruby 2.4.0 の文法で非終端記号はいくつ存在するか。

どこかのソースコードで定義されているようで、出題者は「grepして数えた」と述べていた。正解は 166 らしいが、さすがにピッタリ当てられた人はいなかったので一番近い「200くらい」と答えた人が正解になった。

Q4 今から10年前、2007年には12回のコミットがあり、うち9回はこの会場にいる人による。残り3回は同一人物だが、その人は?

驚くことに初球打ち正解がでた。Matzその人である。ていうか呼び方、「さん」もない「まっつ」なのね。内容は「スレッド周りだったはず」とのこと。

Q5 Rubyを構成するファイルのうち、最もコミット回数が多いのは version.h (※コミットの度に必ず更新されるため) だが、2番目は?

これは単純に興味があったがなかなか正解が出なかった。string.c, array.c などいかにも多そうなファイルが出るも及ばず。正解は io.c であった。なるほど、ファイル入出力か…

Q6 組み込みモジュール Math で一番最近追加されたメソッドは?

確か出題者本人の得意分野だった気がする。正解は3乗根を求める cbrt とのこと。もう「分かるか!」なんて思わなくなっている。

Q7 Rubyリポジトリの中で .rb ファイルはいくつあるか?

Rubyの処理系はC言語で書かれた部分とRubyの部分があり、そのうちRubyスクリプトファイルの数が出題された。ちなみにこれには出題者からヒントがあり、 素数 。会場は多いに沸いたのであった。正解は 2383 で、「さっき思いついて .prime? してみたら true だった」(出題者)。全然当たらないので最後の方は2分探索になっていた。

他にも出題があり、1時間くらいあったが全く飽きることがなかった。

Ninja talks

Rubyプロダクトに関わって活躍している方「Ninja」による1人あたり約30分のセッション。この日は6人のセッションを聴講し、どれも非常に濃い内容だった。一部感想と共に内容を紹介したい。

esaRubyistと私 (赤塚妙子氏)

弊社でも利用している esa.io の共同創業者である赤塚氏が、自身のデザイナーという視点からRubyコミュニティについて述べた。この中で「デザインの役割とは方向性を示すこと」という話が興味深かった。

話が若干飛ぶが、イベント終了後の懇親会で、赤塚氏も含め何人かと会話した。その中でRuby界隈でよくある、「コミッターがスターになる」「新機能の取り入れに積極的」などの特徴がなぜ生じるのか議論した。すなわち、Ruby自体のデザイン、つまり方向性がそうなっている。新機能はどんどん追加するし後方互換性も結構捨てる。だから「新しいもの好き」が集まってくる。

赤塚氏はMatz氏を「デザイナー」と呼んでいた。プログラミング言語には当然利用者がいる。プログラミング言語をデザインするとは、すなわちその言語の利用者、さらにその利用者のコミュニティまでデザインすることである。これを本人は 無名の質 という考えを引用して紹介していた。

Ruby 2.4 Internals (笹田耕一氏)

クックパッド社でフルタイムコミッターとして活躍する笹田氏のセッション。これこそRubyカンファレンスの醍醐味である。Rubyの内部実装に触れるのは非常に刺激的だ。実装だけでなくテストやベンチマークの話もあった。Ruby2.4.0のリリースとして「 lambda が速くなった」があるが、このベンチマークとして使用されたのが 「lambdaだけでFizzBuzz という尋常でないプログラムである。作者に「初めて役に立ったよ」と感謝したんだとか。

これとは別にRubyのコミットに関するセッションがあり、共通して感じたのが品質への意識である。まず課題を発見し、実装はもちろんあらゆるテストやベンチマークを実施し、報告書も提出する。バグを埋め込んだとしても発見者に感謝する。単なる「利用者」「お客さん」に収まらず共に作り上げていく、OSS開発の魅力に触れることができた。

おわりに

非常にボリュームのあるイベントだったので全ては紹介しきれないが、印象に残った部分をなるべく伝えたつもりである。参加者も全体で200人くらいいたはず。多くの人と関わるということはそれ自体勉強になることであり、それらが強力なバックグラウンドのある人であればなおさらである。カンファレンスへの参加、今後も続けていきたい。目標は9月にあるRuby Kaigiだ。

「簡易アプリ」英語で何と言う?

SIerからWeb企業への転職を果たし、Ruby on Railsエンジニアとなってからおよそ半年が経過した。概ねストレスも少なく心身ともに負担も小さい穏やかな生活を送っている。前回の更新(内容は忘れた)から半年間、書きたいことがなかったわけではないが、大声で主張したいことは勢いでTwitterに書いてしまうことが向いていると気づいたのがここ最近の発見である。当ブログは「技術系ブログ」として改めてスタートを切りたい。第一号はウォーミングアップの意味も込めて「軽い」話題から。

さて、本題である。私は入社してから現在まで、今の所移動もなく同じプロジェクトの追加開発を手がける日々を過ごしている。ある程度開発者として認識されてきたようで、比較的大きい変更を手がけることも増えてきた。そこで本日依頼されたのが、掲題の 「簡易アプリ」 のサーバーサイド実装である。

何が機密情報に当たるか分からないので詳しくは伏せるが、弊社は「地方創生」を事業として推進する方針があり、高齢化が進んだ農村にも積極的に営業をかけていて、その関係で自分の携わっているアプリの利用者には高齢者が多い。そういった背景もあって、利用者から「今のアプリは色々と複雑だ。最低限の機能だけ使える簡易版が欲しい」という声が上がったようである。

開発に着手するにあたって git checkout -b しようとした時、ふと疑問が思い浮かんだ。「簡易アプリ」って、英語で何て言おう…? 私の前職のように、文字の制限などお構い無しに 日本語ローマ字をガンガン使う プロジェクトも存在するが、今の自分のプロジェクトでは可能な限り英訳している。

この単語は単なるブランチ名に留まらず、これから「簡易アプリ」全体を代表する単語として、モデル名やメソッド名に多用するプレフィックスにしていきたい。そう考えると、プログラムの保守性の観点からも重要な単語である。いくつかの辞書系Webサービスを見ながら考えていたら、いつの間にか小一時間経っていた。意外にいい訳が見つからない。

  • “Simple” … 最初に思いついたし、Google先生も真っ先に挙げてきた単語だが違う気がした。 “simple” である方が正解で、そうでない方は望ましくないという印象を受ける。一方、今回は簡易アプリでない方も引き続き主力商品として継続する。
  • “Easy” … 「簡易」から「簡単」を連想するとこうなる。確かに操作は簡単なんだろうが、「気楽」「快適」みたいな余計なイメージも入り込む。単に機能が少ないだけであって快適とは言えないだろう。
  • “Abridged” … 「要約された」「短縮された」などの意味の単語。不勉強で申し訳ないが今日初めて知った。意味としてはいい線行っているが、日本人同士の会話で「アブリッジドの…」と言ったところで通じるだろうか?
  • “Digest” … 「部分的に抜き出す」という意味ではかなり良い。しかしエンジニア的には セキュリティの文脈 で使う印象が強すぎるので、余計な勘違いを避けるためにこの単語は使ってはいけない。

他、類義語時点などを見て回ったが、「簡易」から「単純」「簡潔」といったイメージと異なる単語、果ては「朝飯前」「お茶の子さいさい」といった慣用句まで出てくる始末。日本語での検索はいったん諦めた。

気持ちを切り替えて、英語の類義語検索サービスである thesaurus.com を見つけたので検索してみる。 “Simple” 類義語の真ん中あたりにあった単語 “Light” … これだ!

思い返してみれば、特にiPhoneアプリ界隈で、本来有料で販売するアプリの無料体験版として “〜 Light” を名乗っているアプリを何度か見てきた。「機能を制限」かつ「本当は派生的な位置付け」を意味する単語として “Light” は最適な意味を持つ。かくして「簡易アプリ」は “Light Application” としてスタートを切った。

まとめ

  • 日本語のコンセプトをきっちり表す英単語を見つけるのは意外に難しい。例えそれが、結果的に日本での知名度がかなり高い単語であっても。
  • アプリ開発業界に於いて “Light” という単語は独特の地位を築いている。すなわち、「機能制限版」かつ「派生的な存在」であることを一気に表せる唯一の単語である。

ということで、特に技術的に苦心したというほどでもないが、個人的に発見だったので記しておく。これから少しずつこんな感じで記事を書いていきたい。

今の部署でなければ、もっと長続きしたんだろうか

退職届を提出してから、逆に社内の制度や特色ある取り組みをよく見るようになった。結婚や出産関係の届け出、入社10年目になるともらえるリフレッシュ休暇、海外出張制度、3年目対象のキャリアフォロー面談、結局どれも使うことなかったな…。アイデアソンのための綺麗な部屋、社内のプロジェクトを発表する内覧会、これも「社外常駐だから」「仕事があってねぇ…」とかなんとかで全く関わらなかったな…とか思いながら。

その中に、最近のニュースとして「当社社員が執筆に協力した論文が発表」とあった。北国のとある会場で行われる学会で、弊社の社員が発表するらしい。弊社の親会社が持っている研究所から案件を受注し、共同で研究を進めていた様子だった。ちゃんと先進的なプロジェクトもあるもんだと思った。

発表者の中に、俺の同期の名前があった。

色々なことを考えた。方や入社3年目にして着実に成果を残し、社外で発表するまでに成長した。方や仕事との向き合い方に本気で悩み、結局は退職という結果になった。もっと自分に向いている部署に配属されていれば、あるいはもっと早く希望を伝えていれば、2年半ではなくもっと持ったのかもしれない。

俺の同期入社は約20人いるが、入社から2年半経った現在、退職者はまだ1人しかいない。俺が2人目になってしまった。そういえば、あいつら今頃どうなんだろうな…1年前にあった発表会などの記憶を元に、同期の顔を思い出してみる。

Aさん (男) : さっき出た、学会で発表する予定の同期。俺と同じ修士卒で、入社1年目にして産学連携関係のプロジェクトに配属され、英語の技術論文をいくつも読みつつプロジェクトを進める必要があったらしい。今度の発表はその成果かもしれない。正直言って、英語の山のような論文と向き合うのは俺は大学院で一度経験したことなので、ここだったら大変だったかもしれないがそれなりに成果出していたんじゃないかという思いが捨てきれない。

Kさん (男) : 同期の中で一番「この会社が好き」な感じがする。Aさんと同じ本部のはずで、イチからシステムを作る機会に恵まれたようだ。顧客(スポーツジム)のことをよく知るために実際に入会して要件を考えた、と誇らしげに話していたのを覚えている。ちなみに、俺の異動先としてもっとも有力だったのがこの部署。確かに、俺の部署よりは向いてそうな感じがする。Kさんにとっては「面白い仕事たくさんあるよ」だったそう。

Sさん (男) : 同期の中で唯一、俺と対等に会話する(他の同期は 敬語を使う。 完全に先輩扱い)。サシで酒飲みながら仕事の話を聞いたことがあるが、出てきたのは愚痴ばかり。進路はなかなか希望通りにいかなかったようだ。配属からしばらくはひたすら書類仕事であり、数ヶ月後にCOBOLながらコーディングの仕事を任された時には「ありがとうございます!!」と反応したらしい。正直、ここだったらもっと短命だったろうな…ただ、残業がほとんど無いらしく、そこは魅力的である。

Tさん (男) : 1年前の発表の時点ではあまり印象に残らなかったが、最近別の資料で名前を見て思い出した次第。というのも、端的に言えば 赤字大炎上プロジェクトの火消し に駆り出されたメンバーの一覧にあった。このプロジェクトについて12年目の先輩に聞いてみたところ、客が官公庁か民間企業かの違いはあるが「こことあんま変わんない」とのこと。おお、怖…

Kさん (男) : 一番の苦労人。週に3回は日付が変わってから帰宅する、配属初月に残業時間が100時間を超えた、など噂が尽きない。しかし、そうやってリリースしたサービスがニュースになると、それを同期のLINEで報告するなど、やりがいは感じている様子。ちなみにこの人の部署、俺の上司が毛嫌いしている。曰く「あそこは昔の酷かった頃のウチだ」。

Mさん (男) : 今のところ、2014年度入社組で唯一の退職者。プログラミングが大好き、無駄なことはしたくない、といった雰囲気が一番強かった。しかし配属されたのはテスター部隊。あらあら。結局、1年半も持たずに退職していった。

で、このMさんとは本人の退職後に一度会ったことがある。その後は小さい会社でiOSエンジニアとして働いていたが、しばらくして会社ごと消滅し、今は当時の経験を生かして求職中、とのことだった。結局どこに決まったんだっけか。俺と似て、一定数いるベンチャー志望のエンジニアだったようだ。

うーん、こうして書いてみると、いい環境で若手が活躍している部署の方が少ないな…。20人もいて、よくみんな頑張っているものである。多分、この業界には「SI指向」と「ベンチャー指向」の少なくとも2種類の人間がいて、それぞれ落ち着くべきところに落ち着く力学が働くのではないだろうか。これはまたの機会に考えたい。

タイトルで書いた質問に答えるとすれば、 「YESだが、可能性は低い」 とか 「今の現場は結構マシな方」 といったところか。なーんだ。

退職届

前回から色々あった。

転職先の内定が決まった。すなわち今の会社の退職も決まった。そして今日、退職届を作った。やはり会社を辞めるとなると、立場が上の人も含め色々な人と関わるわけで、これはこれで疲弊する。でも、もう直ぐ終わることだ。

結果的に、転職エージェントを経由しないで内定先が決まった。事実を恣意的に取り出すと、「書類選考で一度落ちた会社に内定をもらった」ことになる。人生何があるか分かったもんじゃない。ただ一つ言えるのは、転職したいなら 志望する会社の人と直接交流を持つ ことは非常に強力である。他の人の参考になるとすれば。

この結果に至るまで、思えば色々あった。勉強会に行くようになったので、友達は増えた。いつの間にか一緒に花火を見に行く仲にもなった。勉強会に行かなければ出会わなかったであろうお姉さんに片想いもした(振られたけど)。逆に、変な輩に絡まれてネズミ講に片足突っ込みそうになった。決まりそうだった会社に蹴られてむしゃくしゃして テレビをぶっ壊した こともあった。ともかく、「会社辞めたい」となると良くも悪くも色んな人が集まってくる。

しかし、一番印象的だった出来事は、意外に身近なところにあった。実の父親との議論である。彼自身何度も転職を経験し(しかも自分と違い妻も子もある身で)、逆に転職に来た人間を採用する立場から判断した経験もあり、さらに言えば何度か転職に失敗している。そして今、結果的にかなり理想的な仕事をしている。俺とは人生経験が桁違いだし、その言葉にも説得力がある(酒飲んでたけど)。

覚えておけ、 焦る乞食は損をする。 お前が(新卒の)就活生だった時、「焦る乞食」だったから今辞めたいわけだろ。今回もそうなっていないか?


仕事を選ぶ基準は究極的に3つだけだ。 「できる事」「やりたい事」「やるべき事」 のバランスだ。 俺が今のお前くらいの年だった時は悩みはなかった。「やるべき事」しか目の前になかったから。 だが、俺とお前じゃバックグラウンドが違う。お前には「できる事」と「やりたい事」が突き出ている。 だから、お前が仕事を変えたいと思うのも無理はない。俺とお前は違う。

そして、面接に向かう俺に「頑張れ」でも「やめといた方がいいんじゃない…」でもなく、必ず 「楽しんでこい!」 と声を掛ける人だった。「会社辞めたい」と嘆く息子に対してこの言葉が言える父親は、なかなかいないと思う。ある意味で、本当に息子想いな態度かもしれない。

転職に向けての動きはまだまだ続く。新しい職場が理想的かどうか分からないけど、今はもう進むと決めたから進むしかない。その中で、父親含め周囲の人はある意味で冷静な視点をくれる。明日からさらに頑張らねば。

なぜ生きる

Twitterにも何度か書いたが、手っ取り早く達成感を得るにはブログが一番だ。つまり俺がブログを書いているということは、何かしら達成する必要があると感じているということだ。それは勉強会の場であったり、遊び呆けていた週末であったりする。今回に関しては、面接の直前だからだ。

転職活動を初めてもうすぐ2ヶ月近くである。案外早いものだ。ほぼ全ての面接に落ちているが、これだけ続けていれば少なからず得られた知見がある。面接に落ちたとしてもだ。(大事な事なので2度言いましたよ)

大体の面接で共通しているのが、志望者の具体的な技術というより、何というか、「哲学」のようなものを見ようとしている。要するに、その会社の所属する業界や扱っているサービス、それを実現する技術、あるいはその会社自身について、また将来の自分自身について、「どういう意見を持っているか」が問われる。そして、面接の合否は意見が合う/合わないかどうかの判断の結果であり、決して優劣でない。…よね?でなければ俺鬱になっちゃうよ?

「意見を持つ」ことは意外に難しい。まず、対象について深く考えなければならない。そして判断を下さなければならない。その判断が「意見」だ。よく聞かれる質問には前もって真剣に考えておく必要がある。時には全く用意のなかった対象について「意見」を求められることもあるので、素早く考えて判断を下す思考力と、その間の場をつなぐテクニックが求められる。

で?俺は将来何になりたいんだ?

せいぜい数年しか在籍しない学校の入試では全く問われない。新卒就活の時も意外に聞かれなかった。仕事に追われていると考える機会がない。しかし、今の面接ではこれが核心となる。3年後、10年後、あるいは50歳になった時…遥か先のことではあるが、その時は確実に訪れる。正直言ってうすぼんやりとしか思い浮かばないが、無理にでも判断を下さなければならない。それが「意見を持つ」ということだ。

まあ、やっぱり起業はしたいよね。人の言うことに従うより、自分のペースで自由に働きたい。そんなうすぼんやりした理由。しかし、こんな「逃げ」の姿勢では面接は絶対通らない。俺だってそんな人雇いたくない。そこで、今までの面接で実際によく使っている手が「時代の変化についていきたい」という意見である。今の職場を辞めたい理由とも整合性がある。

俺は特に新しモノ好きだ。流行を追いかけたい性格だ。開発手法にしたってAPIにしたって、IT業界であれば毎日のように新しい便利な機能が登場している。そういう新品を実際に使ってみたい。しかし、今の会社では人生の大部分を占める仕事の時間において、使うことは叶わず眺めることしかできない。なので、そういった新品が使える環境に行きたい、ということを正直に話す。

さらに、将来の目標を聞かれたら、今度は自分が新品を提供する側に行きたい、と言う。そして、3年後はそのための準備期間であり、今まで遅れた分を取り戻す。そういった機能は実際、転職に必要だから勉強を始めた側面はあるが、やはり興味深いなと思う。根気さえあれば。あとは、こういった内容を、いい雰囲気で言う必要がある。「自分の成長のため」を強調しすぎると、じゃあ会社のためには動いてくれないの?となるため、「お互いの目標に貢献する」という展開にしたいところだ。

さて、面接では大体こういうことを話すが、実際10年後はどうなっているんだろうか。ねこばば、36歳。どこの会社にいるのか、毎日何を考えて生きているのか。さらに後、70歳になったら。定年退職してしまうのか、役員のイスに座っているのか、はたまたどこかの荒野を放浪しているのか。結婚しているのか、相手すら見つからないのか。

人生は計画通りにはいかない。しかし向かうべき理想を考えることは必要だ。

アルフレッド・アドラーさんが言うには、「人生は別れの連続だ」という。別れのない出会いはない。人は必ず死ぬからだ。そして、理想の人生を歩むためには「最高の別れのために何ができるか考えよ」とのことである。会社で働いて、しかもさっき書いたような自分の成長と、会社のプロジェクトへの貢献ができれば、まあ「ここでよかった」と思えるのかな。

面接行ってくる。

「特急もくもく」を主催して分かった3つのこと

どことなく体がだるい。

ここ数日毎晩9時間ぐらい寝てるのに、まだ足りない気がする。

勉強とか趣味とか、好きだったことにやる気が向かない。

ああそうか、これ5月病か…

ま、幸い仕事がつらいってほどでは無いし(面倒ではあるが)、職場でのストレスもそんなに大きくない。連休明けで何が一番つらいかって言ったら朝6時半に起きる必要があることくらいだ。詳しくは後日書くが、その仕事もあと数ヶ月で去ることがほぼ確定している。連休明けから数日はしんどいだろうが、少しの辛抱だ。

さて、自分の今年の連休は、そんなに遠くには行かなかったがそれなりに充実していた。かの有名なあしかがフラワーパークにも行けて非常に満足だ。そして個人的に新鮮だったのが、4月30日に開催した「特急もくもく」だ。いや、開催といいつつただの日帰りツアーだが、主催という立場から学ぶべきことがそれなりにあったので書き留めておく。

周辺事情に詳しくないとできない

今回会場に選んだ秩父羊山公園芝桜の丘、および西武線の日帰り旅行は、ここ10年近く毎年この時期に繰り返している定番行事だった。ただ、毎回一人で行くか、連れて行くとしても両親くらいだったので、そろそろ誰かと一緒に行きたいなーと思ったのが事の発端である。試しにConnpassで募集をかけ、常連となっている勉強会で宣伝したところ、5人も参加者が集まったので自信を持って決行した。3000円以上は「勉強会」としては高額な設定だったにも関わらず集まっていただき感謝である。

さて、参加者の皆さんに快適に旅行してもらうためには、事前にイメージを持ってもらうことが重要だと当初から考えていた。お金に関することを始め、「駅から結構歩く」「時間厳守」などの事前注意もした。この辺は実際に行った経験があってこそできる。加えて、そもそも「会場」となる特急列車の座席を用意するのも工夫した。Web予約サービス様様だ。ついでに、「途中の駅から乗車したい」という要望にも柔軟に対応できた。鉄道マニアと秩父ファンの知識が初めて発揮できたと感じた。「下見」いや「事前調査」って大事だと感じた。

リスクは常に存在する

Connpassで募集している勉強会は途中入場途中退出可能なことが当たり前だが、今回は座席を事前に予約する性質上、時間の遅延が絶対に許されなかった。今回最大のリスクが「時間」であった。前日の夜は電車に乗り遅れる夢にうなされたレベルだ。

行きはスムーズだった。そもそも早めに設定していた集合時間より皆さん更に早く集合してくれたので、記念写真を撮る余裕もあったくらいだ。だが、帰りの時間が思ったより遅延してしまい、改札を通ったのが発車5分前という慌てっぷりだった。大きな事故が起きなくて助かったが、乗り遅れのリスクを甘く見ていた結果だ。

あと大事には至らなかったが、忘れ物をしかけた参加者があった。当然主催である自分にも予防責任がある。今思うと重要なヒヤリハットだ。人を動かす時は、責任が伴うし、リスクを予防する義務がある。今回の教訓である。

場の雰囲気作りは工夫が必要

今回、参加者同士は初対面という人もいた。主催としてすべきことは、参加者が快適に過ごせるように工夫することである。終始気まずさが漂ったという結果は避けたい。今回は自分から積極的にコミュニケーションを取ることで、参加者全体が会話しやすい雰囲気を作ることに努めた。

まあ、皆さん気さくな方だったので、行きの電車を降りる頃にはだいぶ打ち解けて和やかな感じであった。エンジニア同士ということで気が合ったとも言える。技術的な質問ができて、本題の「勉強会」としても目的が達成できた人もいたようだ。うまく立ち回ったことで、人と人とのつながりという成果ができた。

ちなみに、今回列車の座席が一部固まっていなかったが、結果として「一人で集中したい人」席として機能していた。これからもそうしよう。

最後に、打ち上げと2次会まで終わって実家の最寄駅を降りた後、一気に疲れと開放感を覚えたことを白状しておく。5人を丸1日動かすのは、今の自分には割とギリギリのスキルが必要だった。責任者って大変だ。でも勉強になった。あら、「勉強会」になっているではないか。

ちなみに次もやってみたいと考えている。江ノ島なんかどうだろう。試しに募集かけるか。

転職先に求めるものは、本当に「技術」だろうか

面接対策をしながら、ふと考えた。

自分は面接や面談の場で、口癖のように「技術」という単語を使っている。理系出身としては、もちろん最先端の技術に触れたいし、将来は少しでも技術に貢献するのが夢だという事に今でも変わりはない。

しかし今、転職先に求める条件や、自分を売り込む文句として「技術」は本当にふさわしいのか。

そもそも「技術」って何だ

辞書には「物事を取り扱ったり処理したりする際の方法や手段。また、それを行うわざ。」や「科学の研究成果を生かして人間生活に役立たせる方法。」とある(小学館デジタル大辞泉」より)。当然の定義だ。

さて、「技術」の定義がこれだとすると、転職先に求める条件として「技術のある会社」と言ってしまうのは、今の会社に対してあまりにも失礼、というより物事が見えていない。仕事をして売上がある以上、そこには技術がある。

正直に言うと、今の会社はかなり高度な技術を持っていると思う。複雑な顧客要件をシステムで実現し、外部の関連システムと通信しなければならないという条件下で何十年も稼働させ続けることは、並大抵の努力では不可能だろう。自分が最初のうちは転職を考えなかったのもこのあたりに理由がある。

「技術」と「変化」

自分が転職先に求めるものは「技術」ではない。なぜなら技術はどの会社でも、いつの時代でも持っているからだ。では、自分が求めているものは何か。今の会社の何が不満なのか。

一旦、もう少し直感的になってみる。転職の話をする時、自分の会社の不満としてよく言うのが「古臭い」である。オフィス内の設備がボロいという意味もあるが、それ以上に仕事の進め方が前時代的だ。テストは人力、会議には紙の書類、情報共有はメールと電話、資料はファイルサーバー…俺だってSlackとか使いたいわ。そもそもWi-Fi導入してくれ。

では、なぜこの職場はそれを取り入れないのか。「セキュリティ上の理由(※)」を持ち出すことが多いが、最大の理由は「今までなくてもよかったから」ではないか。Gitを導入しようとした時がそうだった。この職場は「今までにない」ことを嫌う。自分の変えようという挑戦が全てが全て失敗したわけではない(Seleniumの件は意見が通った稀有な例だ)が、総合すると折られた提案の方が多かった。

※俺はこの言い回しが嫌いだ。そんなこと言うならお前がセキュリティ破ってみろと言いたくなる。

「今までにない」ことに次々と挑戦していく環境に身を置きたい、安定的に契約を続けることに尽力するよりも生き残るために様々な変化を繰り返す方がいい…こういう希望を伝えると、必然的にベンチャー企業を紹介される。

大企業大規模システムの維持管理と、中小ベンチャー企業のアプリ開発では「変化を取り入れるかどうか」がひとつの性格の差であると俺は考える。以上のことを一言で表現するとしたら、それは「勇気」であると自分の中で結論付けた。

幸せになる勇気

私は勇気ある企業が好きだ。今までにないモノを作る、持ち前の技術を提案していく、巨人に殴り込みをかける、そういう勇気ある行動が好きだ。そして自分自身、勇気ある人材でありたいと思っている。

一方、今の会社には勇気が無い。長期契約を生き永らえさせることが至上命題だ。自分の提案は顧客の言いなりだ。高い技術も納品してしまえば顧客の所有だ。こういう現実が見えてきたから、自分は会社が好きではなくなった。

面接でアピールすべきことは、持ち前の「技術」より「勇気」ではないか。転職先で使う技術が今の自分に無いのは変えられない。ならば「転職先でも自分を変えて生き延びてやる」という勇気を見せるしかない。

もちろん「勇気」なんて直接言うとドン引きだろうが、それは具体的なエピソードで示せばいい。そう考えると、アピールできる事は意外にある。タイミングさえ間違えなければ、音楽を始めたことや健康を改善したことも、もしかしたら盛り込めるかもしれない。そこは流れだ。

御社には勇気がある。現職には勇気が無い。自分は勇気がある…ということにする。これが転職活動の根底に流れるストーリーだとすると、自分としては納得がいく。1本の軸ができた。あとは、表現方法とタイミングだ。しっかり考えなければ。

ということで、面接行ってきます。